I've learned through the plastic art activities
プラスチックアート講習活動で学んだこと
私は2006年に初めて韓国に渡航しました。
台湾でのプラスチックアートの講習活動がネットで知られるところとなり、
韓国の教育企業から依頼があって約半月間講習キャラバン隊を組んで東北部を除く各地を回りました。
キャラバン隊は普通のツアーでは行かないような地域も通過することがありました。
その時に、ある公共施設で出会った自分の母くらいの高齢の女性のことが忘れられません。
その方は、日本で学生時代を過ごされたそうで、
田舎では日本人渡航者に出会うことが少ないせいか、
私の話す日本語が懐かしいと仰って、まるで同級生の娘が訪ねてきたように接して下さいました。
初めての韓国渡航には、まして単身、知らない土地ばかりで日本人として不安がありましたが、
その方のとても美しい日本語と、日本で過ごされた学生時代のお話が忘れられません。
今までのモヤモヤとした後ろめたい気持ちが吹き飛ぶような出会いでした。
時間に追われ急かされるようにして発ったので長くはお話することが出来ず、
お互いに後ろ髪を引かれるような気持ちで別れたのを思い出します。
今では八十歳を超えていると思いますが、お元気でいらっしゃるようにと願っています。
台湾でのプラスチックアートの講習活動がネットで知られるところとなり、
韓国の教育企業から依頼があって約半月間講習キャラバン隊を組んで東北部を除く各地を回りました。
キャラバン隊は普通のツアーでは行かないような地域も通過することがありました。
その時に、ある公共施設で出会った自分の母くらいの高齢の女性のことが忘れられません。
その方は、日本で学生時代を過ごされたそうで、
田舎では日本人渡航者に出会うことが少ないせいか、
私の話す日本語が懐かしいと仰って、まるで同級生の娘が訪ねてきたように接して下さいました。
初めての韓国渡航には、まして単身、知らない土地ばかりで日本人として不安がありましたが、
その方のとても美しい日本語と、日本で過ごされた学生時代のお話が忘れられません。
今までのモヤモヤとした後ろめたい気持ちが吹き飛ぶような出会いでした。
時間に追われ急かされるようにして発ったので長くはお話することが出来ず、
お互いに後ろ髪を引かれるような気持ちで別れたのを思い出します。
今では八十歳を超えていると思いますが、お元気でいらっしゃるようにと願っています。